自分がいない世界で見つけた大切なもの

自分がいない世界で見つけた大切なもの

まだみなさん記憶に新しいと思いますが

先日格闘家の山本”KID”徳郁さんが亡くなりました。

正直、試合をテレビで見てはいたものの

特に彼のファンだったというわけではないのですが

ほぼ同年代(少し上ですが)で

子を持つ父親で、ということを考えた時に

他人事に思えなかったんです。

 

ふと「今、自分が死んだらどうなるだろう」

と考えました。

妻と子と一緒に過ごしているこの部屋に自分がいなくなったら。

きっと広い視点で見れば

自分がいなくなっても世界は何も変わらず回り続けるだろう。

でも家族や友人、身近な人たちにとっては

自分がいた世界と、いなくなった世界は違うんじゃないか。

そう思いたい。

 

仕事や成し遂げたいことに没頭したい時、

家庭のことに時間を奪われると

自分の可能性が縮まっていくような気にもなる。

でも自分が家事をしている時に見る

子供と妻がみせる笑顔は

ここに自分がいるから見ることができる

かけがえのないものなんじゃないか、

ここに自分がいなければ

その笑顔自体なくなってしまうんじゃないか、

キッチンからリビングにいる二人を見て

そんなことをふと思いました。

 

「死」というものはネガティブなイメージがあるし

死ぬことなんて考えたくもありません。

でも逆に「死」というものを考えることで

生きる上での大切なことに気づくように思います。

きっとどこまで行っても後悔や

やり残したことなどは無くならないでしょう。

だからこそできるだけ少なくするためにも

日々を、今を精一杯生きたいと思います。

 

考えるきっかけを下さったKIDさん、

ありがとうございました。

あなたの闘っていた姿、本当にカッコよかったです。

どうか安らかにお休みください。